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見附初!腰痛の痛みを解消するための接骨院『いしづき接骨院』

【営業時間】
月曜日~土曜日
午前|7時30分~12時30分
午後|14時30分~18時30分
【休業日】
日曜・祝日

脊柱管狭窄症の矛盾

長時間立っていられない。

少しあるくと腰が辛くなってじゃがむ。しばらくしゃがんでいるとまた歩ける。

腰やお尻から太ももの裏にかけて痛み痺れが出る。

 

整形外科では、こういった患者さんには「脊柱管狭窄症」という診断名をつけます。

腰椎の脊柱管から出ている神経が、脊柱管が老化で狭くなって神経を圧迫している。

だから腰から足にかけて痛み痺れが出る・・・という説明をされます。

「とりあえず、痛み止めと湿布を出しますから、様子を見ましょう。

痛みがひどくなるようなら手術しかないですね。」

そして、しばらくして痛みが強くなり、薬を飲んでも効かない場合は、手術をしましょうということになるのです。

手術の前に確認書を持ってきて「手術で痛み痺れがとれない場合もあります。ご了承ください」といった文面で、そこにハンコウを押させられて手術にのぞむ。

手術が終わったあとしばらくは痛くないが、しばらくするとまた痛みしびれが出てきて、あらたに他のところに痛み痺れが出てくる。

そして、また手術。

また治らない。

また手術。

こうやって手術を3回もやったが治らないという人もいます。

 

まったくおかしな話だと思いませんか?

脊柱管の一部分が肥厚して神経を圧迫しているなら、いつでもどこでも痛み痺れは出ているはずです。

歩かなければ痛くない。

歩き始めると痛い。

休むと痛くなくなる。

全然痛くない日もあれば、一日中痛い場合もある。

そんなことあるはずがないのです。

なぜなら、穴がせまくなって神経を圧迫して痛みを出しているのに、痛くないときもあるし、痛いときもあるということは、穴の大きさが縮小したり拡大したりしているということです。

そんなことがあるわけがない。

骨が勝手に伸び縮みするとでもいうのでしょうか?

 

痛み止めの薬は炎症を抑える薬です。

血の循環を強制的に悪くし、炎症作用を抑えるのです。

神経が圧迫されているのに、血流を抑えるという・・・意味がわかりません。

 

血流を抑えられると血管の中には発痛物質が出てきます。

「ここは血の巡りが悪いよ~。なんとかして~」というメッセージを脳に知らせるために、痛みを脳に感じさせ続けるのです。

もちろん、血の巡りが悪いところにさらに血の巡りを悪くさせるのですから、よけい痛くなります。

 

だから、痛み止めを飲んでも効きません。

なのに、なんで痛み止めを出すのでしょう?

 

手術についても矛盾を感じます。

なんで「手術しても治らないかもしれないのでご了承ください」と事前了解をとらなければならないのか?

穴が狭いなら、そこ大きくすれば治るということで手術をするんでしょ?

人の体にメスを入れ、神経血管を切ってまで行う危険な行為をするのに、そんないい加減なことでいいんでしょうか?

 

「原因と結果のつながりがはっきりわからないので、とりあえず手術しておきましょう。」

 

こんな無責任なことがあっていいんでしょうか?

いまだに日本ではこういったことが行われています。

 

欧米では、とっくの昔にこの因果関係を否定しています。

痛みの原因は脊柱管が狭くなっているからではなく、痛みの出ている部分の血流が悪くて痛みが出ているというのが定説です。

また、長い期間血流が悪ければ、痺れとして感じられるのです。

 

したがって、こんなことで手術はしません。

それをやるということは、根拠のない理由で手術をしたということになります。

そういう事実があれば、アメリカ社会でどうなるか・・・・・?は、みなさん、想像がつくと思います。

 

したがって、保存療法が主になります。

保存療法で痛み痺れが出ているところの血流を良くし、筋肉を柔らかくする。

 

しかし、日本では、レントゲン、MRIで「脊柱管狭窄症」と診断し、痛み止めを処方して血液循環を強制的に抑え、湿布でさらに血流を抑え、あげくの果てに電気までかける。

 

薬で血液循環を抑える一方で電気をかけて血流を促進させる。

まるでブレーキをかけながらアクセルを踏んでいるのと同じです。

血流を良くしたいのか悪くしたいのか、全く意味不明な治療を行っています。

 

しかし、最近、日本のお医者さんの中には、この治療はおかしいと声を上げている人もいます。

 

お医者さんでなくても、だれが考えてもおかしいと思うはずです。

でも、なぜか多くのお医者さんは、昔ながらの考え方で治療をしています。

なぜなのかは、いろいろなしがらみとか利権とかあってこうなっているのかもしれませんが、そんなことは患者さんには関係ありません。

 

治してもらいたいと言ってお医者さんのところに行っているのに、「もう歳だからね」の一言でかたずけられてしまう。

なぜそうなってしまったのか説明もしない。

患者さんも、その一言で「しょうがないのか」とあきらめてしまう。

お医者さんからそう言われれば、患者さんは「歳だから治らない」と信じてしまう。

 

そこで私たち施術家が「いや、治りますよ。一緒に治していきましょう!」と言われても、「歳だから治らない」というお医者さんの言葉には勝てません。

こんな矛盾した治療を受けさせられて、手術で治らなくても、お医者さんへの信頼感は揺らがない。

 

残念ながら、私たち施術家は施術させてもらえなければ、その信念を覆すことはできない。

だから、私は今日も言います。

 

「歳だから治らないなんてことはありません。治りますよ!一緒に治していきましょう!」