90歳の母に負けを認めることは、60過ぎの息子のプライドが許さなかった。
屋根から雪が落ちて、私の車の屋根にドサッと落ちたんです。
すごい音がして施術所の窓から外を見ると、車の屋根の上に重そうな雪が落ちていてて、屋根がへこんでいるように見えました。
正直言って、へこんでいると思いたくないので、ただ雪がのっかっていてへこんでいるように見えるだけなんだと言い聞かせました。自分に・・・・・。
でも、どうしても確認せずにはいられなかった。
外へ出て、車の屋根を、恐る恐る見ました。
それは雪のせいで凹んで見えるのではなく、あきらかにぼこっと、しかも広範囲にわたってへこんでいました。
いやというほど、現実を突きつけられました。
この時、私の頭の中に浮かんできたのは、母の顔でした。
現場は、実家の車庫の前。
二階建てになっていて、一階は父の車が入れてある車庫で、2階建は和室になっています。
私は車を車庫のシャッターの前の道路に横づけしていました。
その建物の屋根は瓦屋根。
その上には連日の大雪で積もった雪がありました。
でも、最近はようやく気温も上がり、雪も溶けて少なくなってきたなぁと思っていたんです。
それに乗っかっている雪もお行儀よく乗っていて、とても落ちてくるようなだらしない風情にはみえなかったんです。
しかし、今年90歳になる母は、私の顔を見るたびにこう言っていました。
「いいか、あんげんとこに車とめておいてだいじょぶらか?気を付けれよ。屋根の雪が落ちてきたら大変らろ。修理すれば結構ぜん(お金)もかかるがあすけ。」
母のそんな言葉を「ああ、」と言って聞き流していました。
だって、屋根の勾配から見ても落ちてきそうもなかったし、気を付けろと言ったって、わたしの車を停めておく場所がそこしかないんです。
おちてくるわけもなく、落ちてきたとしても、その時はその時・・・・。
なぜか自分には、そんな不幸なことは起こらないだろうと思っていました。
なのにズドンっと、現実は私の目の前に落ちてきました。
「だっけ言ったてがんに!」
母の切なげな顔が目に浮かびました。
この現実を見て私が思ったことは、母にはもう少しこのことは伏せておこうと思いました。
できるだけ、今は冷静に受け止めて、やるべきことをやろうと思いました。
思ったのですが、やっぱり、なんていうか気持が落ち込みました。
自分だけはこんな目に合うはずがないと思っていたのに・・・・・。
いや、いや、それでもやるべきことはやらなければならない!
まず、同窓生が営業をやっているホンダカーズに電話をしました。
車関係は、私は全然詳しくないので、車のトラブルがあった場合は、真っ先に彼に相談します。
「まあ、取りあえず、車を持っていくから見てくんねぇえ」と言って電話を切りました。
患者さんの予約が入っていたので、すぐには持って行けず、その出来事は午前中の話だったんですが、午後一番で持っていって見てもらうことにしました。
ここで、正直に白状します。
施術中は施術に集中しなければ、と思っていましたが、思えば思うほど母に見つかるのではないかと気がかりになってきました。
しかし、それでは患者さんにあまりにも失礼です。
そんな自分が許せない!
しかし、自分の気持ちはごまかせませんでした。
幸いにして施術中は見つかりませんでした。
別にこの歳で母に頭が上がらないわけではありません。
中学生じゃないんだから、母に叱られるのがいやだったわけではありません。
ただ、60歳過ぎた息子が90の母に「だから、言ったのに」と呆れ顔で言われるのが、我慢できなかったのです。
情けないと思うし、なんだか無性にやるせない気持ちになるんです。
しかし、現実は容赦なく私を襲います。
ついに母に見られていしまいました。
そこで一言こう言われました。
「おい、にいちゃん、おれはまだ死なんねぇな。」
なんとも憎い言い回しではないか!
予測していなかった言葉に打ちのめされました。
なんとも言えない虚無感が私の背中を抱きしめました。
しかし頭の片隅に、「このバカ息子のおかげで長生きしてくれるのなら、バカにも価値があるのかも」という考えが浮かんできました。
しかし、そんな考えは慰めにもなりませんでした。
なんとも言えない、やるせなさと敗北感がのこりました。
まっいいか。
今日は仏滅だし・・・・。
そいう思考法の私だし・・・・。
恐らく母は、百歳までも生きるのではないかと思う今日この頃です。

