努力ではたどり着けない場所がある。
感性というものは、自分ではどうにもならない。
サラリーマン時代、思い知らされた。
私は婦人セーターの卸売り会社の営業マンをしていた。
あらかじめ売れそうなものをメーカーさんに発注して、それを主に東京や大阪、名古屋などに卸していた。
これを「見込み発注」という。
それとは別に、客先からこれを作ってくれと依頼を受けて、メーカーさんに発注するときもある。
これを「バイ・オーダー」という。
お客さんによっては、かなり細かく指定してきて、色などもかなりのこだわりを持っている。
私の名古屋の顧客で、小人数で営業されている会社があった。
そこの社長は若くして亡くなり、奥さんが社長となり、息子さんが専務となっている。
息子さんが仕入れをするのだが、かなりの激しい気性で、いつも従業員を怒鳴り散らしていた。
もちろん、取引先にもかなり厳しいことを言っていた。
私は歳が近かったせいか、他の仕入先よりも少し優しかった。
彼はほとんど「バイ・オーダー」で発注をくれた。
しかし、である。
物凄く細部にこだわる。
その指示を正確にクリアしなければ、オーダーしない。
何回もサンプルを作らせ、結局上手くいかないと、「なにを寝ぼけたことやってんの?おれは眠たいことやってるやつに時間を割くつもりはない!」と癇癪を起す。
サンプルは作ったが、没になることも多かった。
いつも4~5点、サンプル依頼がくる。
そのうちの4点はOKが出たので、生産に入る。
しかし、残りの1点が気に入らないと、生産途中の4点もキャンセルする。
彼曰く「そんなもん、あたりまえだろ!こっちはグループで売ってるんだから、1点無ければグループにならん。何を寝ぼけたこといっとるの?」。
たちまち私は窮地に陥った。
しかし・・・・である。
彼の出してくるデザイン、色、どれをとっても素晴らしい。
たしかに細部にわたってこだわるが、そのとおりのものが出来上がるといいものができあがる。
見ただけで、これは売れるとわかる。
商品は、値段が安くて物が良ければ売れる。
高級な素材を使ってもデザイン、色、仕様などが悪ければ、どんなに安くしても売れない。
ところが、安い素材でもデザインが良くて、値段も高すぎず安過ぎない。
これが売れる。
専務の出すデザインは、これをいつもクリアーしてくる。
なんで、こんなにいいデザイン、カラーを出してくるのか?
もちろん、彼はゼロから発想しているわけではない。
小売店をまわって、売れている商品をサンプルとして購入して、それを土台にデザインを考える。
しかし、そのサンプルを選ぶセンスが抜群に優れている。
このセンス、感性は、多くの売れ筋商品を見ていると、だんだん流行の流れがつかめてきて、ある程度磨かれていくものだ。
しかし、あくまでもある程度だ。
どんなに努力しても追いつかない領域がある。
それは生まれ育った環境のせいもあるだろうし、生まれ持った才能かもしれない。
その専務の才能が中心になって会社の売り上げが成り立っている。
専務がいなくなれば、仕事ができなくなれば、その会社は成り立っていかない。
デザイナーもいたが、デザインはさせずに、指示書(服のサイズを細かく指示したもの)を書かせるだけ。
例え提案したとしても、ぼろくそに言われて却下される。
しかし、それも納得できる。
彼はデザイナーよりももっと売れるデザインを考案するからだ。
いいデザインと売れるデザインは違う。
流行と実用の折り合いのつけかたが絶妙でないと、売れない。
この感覚、感性、こればかりは、努力して勉強しても行きつかないゾーンがある。
当時うらやましくてしかたがなかった。
彼の短所は気が短くて、すぐに癇癪を起すことだ。
まわりが付いて行かない。
しかし、よく付き合ってみると努力する者に対して優しいことがわかる。
その努力の程度がいい加減だと、逆鱗に触れる。
基本的には優しい人なのだと思う。
あれから20年近くたつか。
パワハラ、モラハラのこの時代、専務はいまだに癇癪をおこしながら仕事をしているだろうか?
時代が、彼の才能をつぶしていなければいいが・・・・。