サラリーマン時代、私はダメダメ営業マンだった。
サラリーマン時代、営業をさせられていたが、全く自分が向いているとは思わなかった。
正直、仕事などどうでも良かった。
学生時代から武術にのめりこみ、普段、武術の稽古ができればそれでいいと思っていた。
ところが、新規開開拓した客先が大手企業で、そこから運命が変わってしまった。
それも、いろんなところでと飛び込み営業をして、断られ、やけくそになって飛び込んだら、「OK,やりましょう!」と言われた。
自分で言うのもなんだが、私は不愛想で不器用で人の機嫌をとることが下手だ。
営業なんかできる人間ではない。
そんな若造に、その会社の部長、次長が会ってくれて取引しましょうと言ってくれた。
こんな胡散臭い話はない。
やばいところに踏み込んだと思った。
しかも、次長は、「お宅にある在庫のサンプル全部見せて」と言われて全部見せて在庫の数を言うと、「わかった、これ全部ペロッといこう!」と言われた。
な、何?ペロッてなんだ?どういうこと?
私が不思議そうな顔をしていると、「ペロッと全部いただくということだがね」と言う。
いよいよやばい!
私は、「とりあえず会社に連絡して、在庫確認してからでいいですか?」と言うと、「ああ、ええよ、なんならあんたの上司と話してもええよ。そのほうが話が早い。」と言われた。
さっそく私は上司に電話した。
私「名古屋のN社というところに居るんですが、うちの在庫、全部欲しいと言われてるんですが・・・・。」
上司「ああ、N社か、以前うちと少し取引があったんだ。あそこなら大丈夫だ。帰ったらよく打ち合わせをしよう。そのうえでおれも同行して商談しょう」と言ってくれた。
そばで聞いていた次長が、「ちょっと、電話変わって」と言われたので、変わると「ど~も、N社のIと申します。お宅の石月さんが今来てくれてね、商品見させてもらいました。このくらいの商品だったら、おたくの在庫全部ペロッともらっておこうと思いましてね。」と言った。
それから話がトントン拍子に進んで、取り組んでいこうということになった。
私は、てっきり上司が直接担当するものだと思っていたが、「お前が担当だ、頑張れ!」と言われて、愕然とした。
私は、「荷が重すぎます。無理です」と言うと、上司は、「商談の時は、おれも同行するからしっかりやれ!」と言われた。
それからが地獄の毎日だった。
まず、値段がきつい。
数量が多いので、出荷が大変。
いろいろな付属品を買わされて、出荷時にそれを使う。
サンプルは各色3枚ずつ提出。
しかも、全型である。
サンプル納期も製品納期も厳しい。
納期が遅れると、毎日電話がきてネチネチと責められる。
催促の電話は、夜中だろうと休日だろうとおかまいなしにくる。
私も結局メーカーさんへの催促を厳しくしなければならない。
メーカーさんにしてみれば、各色各型サンプルを大量に作らされて、いろんな付属品をつけさせられて手間がかかるうえに納期の余裕もなく、催促も厳しい。
発注数量はまとまるが、利益が少ないし手間がかかるとなれば、「もう、N社の注文はよこさないでくれ!」となる。
それを拝む、頼むでお願いして、いやいや作ってもらう。
出荷のさいには、一括で全部ひきとってくれるわけではなく、毎日のように少量で多種類の細かな指示が来る。
それを倉庫から引っ張り出してきて、襟ネーム、タグ、袋かえ、スペアボタン付けなど細かな作業をして箱詰め、集荷となる。
出荷の現場では、作業が細かいうえに当日に指示がくるので、出荷が間に合わない。
N社の担当者に「明日の出荷になります」と言うと、「他のお客の出荷なんかしないで、うちのを出荷しろ」と言われる。
メーカーさん、出荷の人たち、他の営業マンとN社との間で板挟みとなり、苦悩の毎日を送った。
しかし、N社に対する売り上げは急速に増えていって、私の売り上げも驚くほど増えた。
苦しかったが、見返りはあった。
しかし、バブルが崩壊するとN社の業績も悪化し、うちとの取引も急激に減ってきた。
こうなると、いよいよメーカーさんに対する発注量も少なくなり、売り上げも減っていった。
私は、ただN社の言いなりになってめんどくさいことばかり押し付けるダメダメ営業マンに成り下がった。
やがてN社は倒産し、相当な額の売掛金が回収不能となった。
もうこうなると、会社に負債を負わせ、売り上げも激減させた悪の張本人というわけだ。
上司は、「早くN社にかわる大口の新規を見つけてこい」と言われたが、バブルがはじけ不景気なときに、新規で仕入先を増やそうなんて企業は少ない。
私の売り上げは急激に落ち、まわりには疎んじられ、社内での立場がどんどん悪くなった。
まあ、その後、紆余曲折があり、さらに大口の取り引きの担当にさせていただいた。
しかし、相手の担当の方が定年退職されて、別の担当の方になると、取り引きは急速に減っていき、また私も窮地に追いやられることになった。
こういう経験を2度するとわかってくることがいくつもある。
たまたま巡りあわせで、売り上げがあがると、自分の良さを相手がわかってくれて取引してくれたんだと思ってしまう。
しかし、売り上げが下がると、やっぱり自分には営業なんか向いてないんだと思う。
自分自身だけではなく、周りの人たちも同じように私を評価する。
結局、私は会社を辞めることになる。
辞める間際、何もやる気がなくなった私に、上司はこう言った。
「おまえから、まじめさを取ったら何も残らないんだから、もっとまじめにやれ。」
この時は、人格全てを否定されたと思った。
しかし、会社を辞めてから思った。
私には「まじめさ」という貴重な素質があったんだと・・・・。