頑固で偏屈な私の存在意義
私は接骨院をやっていたとき、いっさい保険治療はしなかった。
全て実費で患者さんに負担していただいた。
保険治療なら500円以内に収まるのに、私は実費で4000円いただいた。
当然まわりからいろいろ言われた。
「痛みで苦しんでいる患者さんから4000円もとるのか!」
「私はガンで苦しんで、腰も痛いと言っているのに、4000円もとるの?」
「そんな硬いこと言ってるのはあんただけだ。保険治療だけでやっていけばいいじゃないか。」
しかし、私は頑固で偏屈なので無視した。
「肩コリ」を「肩関節捻挫」といつわって虚偽申請をしてまで、保険治療なんてしたくない。
そんな後ろめたい気持ちで患者さんと向き合うことはできない。
それに「シップや痛み止めであとは様子見」とか、「電気をかけてマッサージしたら、はいまた明日!」なんて、その場限りのことはしたくない。
「年を取ればだれだってそこらじゅう痛くなるのがあたりまえなんだから、だれも治るなんて思っていない」
という声も聞こえてくるが、私は痛いのが当たり前だと思わない。
痛くないのが当たり前だと思っている。
そして、痛みが出るのは、からだ全体のバランスが崩れているからだと思う。
したがって全身を診て施術をする。
必要あらば、精神的なバランスの崩れも診る。
だから時間がかかる。
したがって一日に診られる患者さんは少ない。
だから500円ではなく、4000円いただいている。
「な~んだ、あんた、きれいごと言ったって結局金が欲しいだけじゃないか」
と言われるかもしれないが、それは当然だ。
しかし、それだけではない。
この整体の仕事に存在意義を見出している。
整形外科では1時間待たされて3分で診察が終わる。
接骨院では、次から次へと電気がかけられ、ササっとマッサージされて、はいまた明日!
いったいだれが患者さんの話を聞いてくれるのか?
患者さんの話をじっくり聞いて。それに基づいて治療をすべきではないのか?
どいつもこいつも時間に追われて、その場しのぎをしているだけ・・・・。
そういう意味で、私みたいに頑固で偏屈な治療家が、社会に必要だと思う。

